【 傾いた床、雪が落ちる屋根。無落雪住宅への安心リフォーム 】
「我が家の床が傾いている。何とか直せないだろうか」とT様ご夫妻がご相談に来られました。T様の家は平成8年に新築した木造2階建て住宅。新耐震基準(昭和56年6月以降)で建てられているのですが、当時は地盤に関する明確な規定がなかったため、基礎構造については『経験値』程度で住宅が建設されたケースも多々ありました。
どこに問題があるのかを見るため、まずは現場を拝見。外観はしっかりしていて、T様によると「とても暖かい家」とのことなので、断熱もしっかりしていそうです。外部を見ていくと、エアコン室外機付近の地盤が沈下しているようでした。
基礎は鉄筋の入ったコンクリートですが、ひび割れが確認できます。
また、この家は勾配屋根のため雪が落ちて、冬は雪かきもご苦労されているとのこと。できれば雪が落ちないようにしたいけれど、無落雪屋根にして雪を載せておくと「ますます地盤沈下が進行するのでは」という不安もあります。
家の内部については、動線があまりよくないキッチンに少し不便を感じていらっしゃるようでした。
これらの点を踏まえて、次の5点について調査・設計をご提案し、問題解決に向けて対策を進めていくことになりました。
1.地盤調査を行い、現状の地盤の固さを把握する
2.沈下した基礎の修正方法を検討する
3.耐震診断を行い、耐震性を確認する
4.屋根を無落雪にした場合、どこの柱・梁に重さがかかるのかを調べ、補強方法を検討する
5.キッチンを使いやすくなるように改善する
不安要素の原因を調査せず『臭いものには蓋をする』方式で工事しても、不安は解消されません。現状を工学的に把握し、改善策を立てることが重要です。
1.地盤調査を行い、現状の地盤の固さを把握する
地盤調査は「掘削による確認」「スクリューウエイト貫入試験」により行いました。「掘削による確認」では、スコップで掘ってみて、土の硬さや土質を実際に確認します。
基礎は通常のコンクリート製布基礎ですが、基礎が載っている地盤が軟弱です。私でもサクサク掘れます。
地面下60cmくらいまでは砂です。土質としては悪くないですが、問題はその下の深い部分の土質です。
「スクリューウエイト貫入試験」を行っているところです。小型重機のような機械で、沈下していると思われる辺りの地質を調べます。
こちらが地盤調査の結果です。赤い部分が軟弱な地層で、地面から2mぐらいの深さまで軟弱層が混ざっていることが確認されました。この部分を何らかの方法で、沈下しないように改良する必要があります。如何にこの軟弱な地層を改良するかが、今回のリフォームの重要な鍵となります。
2.沈下した基礎の修正方法を検討する
さて、「現在家が建っている状態で、基礎下の地盤を固く」できるのでしょうか?
素朴な疑問です。でも大丈夫、方法は色々あります。T様の住宅の状況に合わせて複数の方法をピックアップし、ベストな方法をご提案しました。
今回採用したのは【ジャッキアップ+土質改良工法】(工事金額は税込みで約150万円です)。
STEP1 : 基礎下にジャッキを入れて、基礎を持ち上げ、床を水平にする
STEP2 : 基礎下の土と固化材(セメント粉を水で練り混ぜたもの)を撹拌して基礎下に戻し、周囲の土と一体化して固めてしまう。沈下を止めることができる
以下の写真で工事の流れをご覧ください。
まず、床が下がった部分の基礎下の土をかき出します。
次に、基礎下に油圧ジャッキを入れて基礎を持ち上げ、床を水平に戻します。油圧ジャッキは外す前に鋼管柱と置き換えられ、鋼管柱が上げた基礎をそのまま支えます。
鋼管柱は、上下のプレートへ溶接で固定。基礎はこれで沈下しない状態となります。
最後に土を戻し入れますが、この時に土と固化材(セメント粉を水で練り混ぜたもの)を撹拌したものを戻して、周囲の土と一体化させます。1週間ぐらいで固まって硬い硬い土の塊になります。基礎下の地盤改良は、これで完了!
床の傾きが改善され、気になっていたフローリングと建具下の隙間もなくなりました。2~3cmぐらい持ち上げた感じです。
床が傾いているといつも不安な気持ちが付きまといます。木造住宅は軽くて柔軟性があるので、様々な手法を使って性能を改善することが可能です。ぜひ木造に精通した一級建築士にご相談ください。
3.耐震診断を行い、耐震性を確認する
耐震診断の調査を行っている様子。目に見えない壁の中も、センサーを用いて筋交いの有無を科学的に調査し、把握していきます。
センサーからの信号をパソコン上で確認しながら作業します。縦方向の間柱と、斜めに入った筋交いが赤く表示されていますね。
柱の位置や接合部の状況を、可能な限り目視でも確認していきます。調査で得られた情報をもとに、家全体の地震に対する強さを数値化し評価します。
4.屋根を無落雪にした場合、どこの柱・梁に重さがかかるのかを調べ、補強方法を検討する
耐震診断を行って、構造補強が必要な部分を把握できたため、必要な梁を追加しながら屋根を無落雪化することができました。屋根からの重さを1・2階の柱にバランスよく分散し、伝達できるよう計画します。
雪の重さによって梁がたわむと、仕上げ材やドアの開閉に影響があるため、梁のたわみを抑えるのに必要な柱(真ん中の淡いグリーンの柱)も追加しています。部屋の出入りの邪魔にならない、細い鉄製の丸柱です。
before : 屋根からの雪を片付けるのに、体力的な限界が来ていた勾配型の屋根。
after:耐震補強を行って、安心して雪を載せたままにできる無落雪型の屋根。
5.キッチンを使いやすくなるように改善する
屋内の気になっていた部分も、一緒に改善していきましょう。
キッチンは造りつけたカウンターの向こう側にあって、食事をする場所からはカウンターを廻り込んで出入りしなければなりません。また収納スペースが散在しているため、雑然とした印象になっていました。
そこで、この造りつけカウンターを撤去して食事をする場所への動線を最短にし、代わりに細々としたものを収納できる棚をつけました。リビングから直接見えにくく、奥行きが浅い棚なので物が取り出しやすいです。
システムキッチンはそのまま使用し、最も奥に設置されていた食器収納を使いやすい手前に移設。カラーの統一感も生まれて、キッチンの印象がすっきりとしました。
こちらは新しく作った背面収納カウンター。狭かった通路を広げて、バラバラに置かれていた家電の定位置をつくり、使えるカウンターで作業効率をアップさせています。
リビングでは、ピアノが置かれていた場所をパソコンスペースに変更。壁に棚をつけて書斎コーナーを作りました。生活スタイルの変化に合わせて住まいを進化させています。
床の不同沈下から端を発した、様々な改善。このように住まい手の方に安心な家に住んでいただくことが、私たち設計事務所の役割です。大工さんとは違ったアプローチで、工学的に現状を把握し的確な補強や改修を行うことで、これからの20年を心地よく暮らしていただけるよう取り組んでいます。